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上村愛子は若い頃病気で苦労?マテリアルスキー板は長野五輪が契機で誕生!

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上村愛子さんといえば、可愛い笑顔が印象的な、女子モーグル選手ですね。メダルがなかったのが意外なぐらい、オリンピックでも活躍し、大変な人気を誇りました。

そんな、長年トップレベルで活躍した上村愛子さんですが、若い頃に生まれつきの病気があったことはご存知ですか?心臓に穴が開く病気だということで、アスリートとしては大変な苦労があったのではと思いますよね。

また、上村愛子さんはじめモーグルのトップ選手が多く愛用するのが、マテリアルスポーツのスキー板なのですが、これが生まれたきっかけは長野オリンピックでした。今回はその誕生秘話をご紹介します。

では、順にみていきましょう。

上村愛子は若い頃に病気で苦労した?

モーグルでオリンピックに5回連続出場した上村愛子さんですが、なんと、生まれつき心臓に小さな穴があいていたそうなんです。その原因は、『心室中隔欠損症』という先天性の病気でした。

心臓に穴なんて、大変!と思いますが、ほとんどは3〜4歳までに自然に塞がるそうです。ところが上村愛子さんの場合は、それが塞がりませんでした。ただ、幸いにも穴がとても小さかったので、特に治療や手術をする必要もなく、活動を制限されたり、病気を自覚することすらなかったそうです。

そう、小さな頃から活発で、3歳でスキーを始めてからは毎日のように滑る上村愛子さんに、ご両親は心配しつつも「やめなさい」とは言わなかったのです。そのお陰で、のびのび、思う存分スキーを楽しんだ上村愛子さん。後日の活躍は、ご存知の通りですね。

そもそも、上村愛子さんがスキーと出会うきっかけを作ったものこそ、この『心室中隔欠損症』という病気でした。

上村愛子さん一家は元々兵庫県伊丹市で暮らしていましたが、ご両親が娘の身体を気遣って、少しでも空気の良い所で暮らそうということで長野県に引っ越したのです。ペンションの経営を始めたご両親の元で、上村愛子さんが体を気遣いながら始め、面白くてはまったスポーツが、スキーだったというわけです。

というわけで、上村愛子さんは生まれつきの病気がありましたが、それで苦労することはなく、むしろスキーとの運命的な出会いに繋がった、ということでした。

上村愛子お気に入りのマテリアルスキー板は長野五輪が契機で誕生!

現役時代の上村愛子さんはじめ、モーグルの世界のトップ選手の多くが日本製のスキー板を愛用しているのをご存じですか?それが大阪・守口市のマテリアルスポーツが作る「アイディーワン」です。実は長野オリンピックがきっかけで誕生したのですが、そのいきさつをみてみましょう。

引用元:https://www.chunichi.co.jp/

1998年の長野オリンピックで、上村愛子さんは7位入賞。当時、マテリアルスポーツの藤本社長は、ゴーグルなどを輸入販売していて、そういった用具で上村愛子さん他モーグルのトップ選手をサポートしていました。

オリンピックから1シーズン過ぎた夏、藤本さんが雑談がてらに上村愛子さんにスキーの調子はどうかと尋ねたところ、「私のほしいスキーじゃない」という衝撃的な回答が。

ちょうど同じ頃、男子モーグルで実力No.1といわれたヤンネ・ラハテラさんからも、「ぼくの技術は年々進化しているのに、スキーはまったく進化していない」との本音をぶつけられていた藤本さん。

五輪に出場するような世界トップクラスの選手が、自分のイメージ通りの用具で戦えないと苦悩している現実に驚いた藤本さんは、それなら自分が作ってやろうと決意したそうです。

五輪種目とはいえ、モーグルの競技人口は少なく、注目度も高くない。また、バブル崩壊後で日本市場は冷え込んでいて、新たなスキーブランドを立ち上げるなんて馬鹿げていると誰もが思うような状況でした。

そんな逆風の中、藤本さんがまず悩んだのが工場でした。伝統あるヨーロッパの工場に頼みたいが、言葉の壁があるし、物理的に遠いのでやりとりに時間がかかりそう。そこで藤本さんは、スキー界の舶来信仰を脇において、木材の扱いに定評のある日本のメーカーに生産を依頼することにしました。テスターは、先程登場したラテハラさんや日本チームのコーチ達が引き受けてくれました。

そんなこんなで試作品が完成したのが、2000年春。驚くべきスピードです。ブランド名の「アイディーワン(ID one)」は、「選手のアイデンティティーを大切にする唯一のもの」との思いが込められています。

ところで、スキー板の性能は芯材によって決まると言われます。ここを日本の職人技に委ねたのが正解でした。ラテハラさんはスキーの性能にうるさい方ですが、「操作が簡単で、乗っていて楽しいスキーだ」と大絶賛。その後の2002年ソルトレークシティオリンピックで、ラテハラさんはID oneで金メダルを獲得しました。その次の2006年トリノオリンピックの男子金メダリストも、ID oneの愛用者だったんですよ。

上村愛子さんも、オリンピックのメダルこそ手が届きませんでしたが、ワールドカップでの総合優勝など輝かしい成績をID oneによって残しています。また、スキーのコントロール性能が上がったことで、大技エアから鋭いカービングターンへ、時代の流れに沿った技術を獲得していくこともできました。

そして、このようなトップ選手の活躍を見て、ID oneに憧れる若手選手が育っていくわけです。長野五輪から早20年。元々、上村愛子さんとラテハラさんを勝たせるために生み出されたスキー板が、今やモーグル界に無くてはならない用具となったのですね。

ちなみに、女子有力選手へのID oneの供給は、上村愛子さんの引退により解禁されたそうです。上村愛子さんを勝たせるために開発されたスキー板だからというのが、その理由です。藤本さんの、上村愛子さんを支えたいという強い思いが感じられるエピソードですね。

まとめ

上村愛子さんは若い頃、『心室中隔欠損症』という心臓に穴が開く病気でしたが、それで苦労などは特になかったそうです。むしろその病気のおかげでスキーに親しむきっかけができたということで、偶然とは不思議なものですね。

一方、マテリアルのスキー板といえば上村愛子さん初めモーグル選手の多くが愛用していますが、誕生のきっかけは1998年の長野五輪でした。上村愛子さんと男子No.1選手のヤンネ・ラテハラさんがスキー板に不満を持っていたことから、マテリアルスポーツの藤本社長が一念発起して開発したのです。

モーグル界に大きな影響を残した上村愛子さん。今は後進の育成にも力を注いでいるそうです。次の冬季オリンピックでも、上村愛子さんの子弟や、ID oneの活躍が楽しみです。

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